“アクトシティ物語”トップ 道のり編 建築技術編 見どころ編 数値あれこれ編 アートワーク編 写真集“アクトの見える街”

アクトシティ物語(みどころ編)

〔屋上庭園〕
30年余も前に、浜松駅前をどんな風にしようかと市民が考えた時、失われゆく都市の緑を取り戻すシンボルとして“森を作ろう”という意見もあった。アクトシティの開発プラン作りに当たって、設計者達はこのことを大いに意識し、それを景観計画の中に組み込んだ。アクトシティの魅力の一つは、建物の屋上を出来るだけ緑で覆い、素晴しい立体公園にしたということである。

新しく建設する都市の屋上部を緑で覆う・・・これを念頭に、全ての計画は組まれていった。周辺の建物を低く抑え、中央のアクトタワーに向けて徐々に高くなっていくことにより、威圧感のないようにすることを先ず心掛けた。タワーは優美な曲線で優しさを強調、直下の建物はテラス状にスケールダウンさせてゆき、自然の感じを持たせた。あらゆるところを出来るだけ曲面、曲線を使用し、優しさに溢れる“ヒューマンスケール”を売り物にした。

設計者が一番苦労したのは、地下2階レベルの広場(サンクンプラザ)から3階部分の広場につながる“ショパンの丘”と呼ばれるところ。「階段と斜面を組み合わせ、上の広場へと人を引っ張っていく仕掛けにしたが、人々が登っていく左手に森を作り、“この上にはいったい何があるのかな?”という期待感の雰囲気づくりを心掛けた」と解説する。各拠点には野外劇場、西洋庭園、水の落ちる滝、音の彫刻などを配し、訪れる人にサープライズ(驚き)を提供するようにしたという。

この緑の庭園デザインを「ランドスケープデザイン」というそうだが、設計をまとめ上げたのは米国で活躍しているランドスケープ・アーキテキスト(景観設計家)のタダシ・ヤマグチ氏である。「立体公園プランに倫理性・ストーリー性を持たせ、全体を一体感のあるものにまとめた斜面緑化の手法はさすが」との賞賛の評価。正直なところ、私も浜松市民でありながらこの屋上庭園には今回の取材の為に、アクトシティがオープンして11年目にして初めて訪れたが、「こんな素晴しい屋上庭園があったのか」と驚いた。しかし、取材中意外とここを訪れる市民が少ないことが気になった。こんなに素晴しい屋上庭園があるのに、いささか勿体無いような気がした。

〔大ホールは日本初の四面舞台〕
四面舞台の略図を見ていただきたい。どんな風に作られているのか知らないと、どのように使われ、どんなに便利なのか理解するのが大変だ。そこで舞台の説明をしよう。主舞台は縦横各18.2メートルの正方形、昔の「十間四方」のスケール。主舞台に面して右手が上手舞台、左手が下手舞台、奥にあるのが後舞台である。この、上手、下手、奥の舞台が、下手舞台のソデにある操作室のコンピュータ操作によって、簡単に正面舞台の位置に横滑りしてくる。勿論、様々な場面を乗せての移行で、後舞台は、“回り舞台”になっているので、場面作りはそれだけ豊富になる。

スライド移行できる舞台はワゴンと呼ばれている。主舞台も左右舞台も5分割され、その1枚ずつが別々にスライドできるようになっている。更にその1つ1つには12個の穴が開くようになっている。つまり、3面の舞台には“切り穴”と呼ばれる「開口部」をそれぞれ60個(一つの大きさは182センチ×91センチ)持つ。この小穴を使って、演技者は舞台の下の床面から移動用の小迫り台で好きなところへ登場できる訳である。

これまで国内の劇場で沢山の海外オペラが演じられてきたが、本格的な四面舞台がなかった為、なかなかオリジナルの形には演じられなかったという。場面展開の多いことで有名な「魔笛」では、場面作りの幕間の時間が本舞台の時間より長かった・・・など、笑い事では済まされないことが多かった。しかし、四面舞台の登場により、これらの悩みがすっかり解消される上、大規模、大人数を誇るグランドオペラの「アイーダ」「カルメン」なども十分可能となる。

〔中ホールのパイプオルガンは「ホールの顔」〕
中ホールの正面に据えられたパイプオルガンは、銀色のパイプと演奏台の木目が美しく調和して、楽器というより巨大な工芸作品のようだ。ヒノキ、ナラ材など木の質感を生かした空間に荘重で澄んだ音が響くと、音楽ファンならずとも心が洗われる気持ちになる。

制作はフランスのコワラン社。オルガンの音色はドイツ、フランス、イタリア、スペインなど国によって、また作られた年代によって、しかもこれが最も重要なのだが、製作者によって個性がでる。日本の文化施設のパイプオルガンは比較的ドイツ系が多い。浜松市の1台目のパイプオルガン(福祉文化会館に設置)もドイツのものということもあって、フランスのコワラン社に白羽の矢が立った。フランスのオルガンは一般に、他の国に比較して柔らかい音が特長という。

パイプオルガンの音の出る仕組みはピアノとは全く違う。鍵盤を抑えるのは同じだが、オルガンではその動きが「トラッカー」等でパイプ下にある弁に伝えられ、その弁を開くことで、準備されていた空気がパイプに送られ音が出る。音の高低はパイプの長さで決まる。錫と鉛の合金で出来たパイプは大小合わせて4,478本。小さいものは数センチだが、最大のものは11メートルにもなる。

なぜ、こんなに沢山のパイプが必要なのか疑問に思う人もいるかも知れない。音色はパイプの形とパイプの下端の開口部の形によって決まる。開口部の切り方やリードの厚さを変えてフルートやオーボエ、トランペットなどの音色を出す。演奏者が音色を操作するのは演奏台の「ストップ」というボタン状のもの。ストップの数はパイプの種類を意味し、アクトシティのオルガンのストップは64である。3段手鍵盤と足鍵盤からなり、1ストップは鍵盤数となるが、複数音のストップもあるので、4,478本という途方もないパイプの数になるのだ。

「パイプオルガンは文化遺産そのもの。伝統は歴史の中で受け継がれてきた技術と文化が、このケースに集約されている。寺や神社に日本の文化を見るように、フランスの文化が浜松のホールで見て取れるのではないかな」「正面のデザインから外装の制作だけで約3千時間を掛けた。演奏台のイメージは太陽なんだ。日本は欧州から見ると、“日出ずる国”だから、放射状のデザインにまとめた。ここまでの出来具合に満足している。とてもいい経験をさせてもらった」と、コワラン社の社長と技術スタッフは笑顔で語った。

〔楽器博物館〕
初めて尽くしのアクトシティにあって、楽器博物館も浜松市民が自慢できる日本初の施設だ。国内では、大阪音楽大学や武蔵野音楽大学などの大学に附属した施設くらいで、公立の本格的な楽器博物館はどこの自治体にもなかった。「世界中の楽器のサンプルが揃っている博物館」を合言葉に、ヨーロッパ、アジア、アフリカ、オセアニア、南北アメリカの楽器を収集し、質、量とも世界に誇る量を目指した。ただ見るだけでなく、「聴く」「触れる」「演奏する」などの要素を全面に出すと共に、楽器を通じて世界各地の民族への理解を深める狙いを持った、魅力たっぷりの博物館が誕生した。

全国、そして世界から注目を集めるのは所蔵コレクション。市民の関係者からの寄贈も貴重な資料となっている。「世界の楽器のサンプルが集まっている博物館を目指す」と胸を張るように、ヨーロッパに偏ることなく幅広い視点で収集し、音楽をめぐる歴史と、世界の民族の生き方を感じ取れるような運営を志している。

西洋の楽器はまさにコンサートのための道具で、年代を追って変わっていく。それぞれの時代の人たちがどういう音、どういう奏法を楽器に要求したかが、楽器の変遷に如実に表われている。一方、西洋以外のところでは楽器の形が変わらない。例えば尺八は中国から日本に入ってきたが、当時の形は1尺8寸という名の由来通り今と全く同じである。これはどういうことか。西洋の文化圏を離れた地域では楽器は儀式や通過儀礼などの中で使われてきた。楽器からその時代、その地域の人がどのように暮らし、どのような文化の影響を受けて生きてきたのか、よく分かる。こうした情報は人間同士の理解に通じて面白い。

音楽史を目に見える形で伝える楽器があり、婚礼、葬儀など人々の喜びや悲しみと共に存在する楽器がある。ともすれば音楽愛好家向けの博物館と取られがちだが、人間理解という側面に光りを当てたとき、楽器博物館の可能性は豊かに広がる。