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アクトシティ物語(建築技術編)

日本の建築技術の最先端


〔アクトタワーのスーパートラスの技術〕

第一生命グループの計画案がコンペで異彩を放つには、メーンタワーの設計で高得点を稼ぐ必要があった。「とにかく、タワービルの形をどうするか、侃々諤々やりました。上から下までズンドウでは面白くない。オフィス階からホテル階へ切り替わるところで大きく絞り込んでみよう。それが日照対策、風対策の為にも良さそうだし、やさしい感じになるだろうという結論になった。“環境にやさしい超高層ビルの一つの形”はこれだ、そして世界にも例のない個性的な姿は高く評価されるに違いないと思ったんです。」と、このプロジェクトの建築設計の総指揮を執った日本設計の森常務は語った。高さ212.77メートルの27階から29階の部分で建物を絞り込んだ鉄骨工事技術が業界の注目を集めた。この技術は、高層建築の上階を引っ込ませる手法で、三角の梁を効果的にブレース(腕)でつないだ「スーパートラス」と呼ばれているものだが、アクトタワーを優美に見せるのに大いに貢献している。

〔途中で細くしなければならなかったもう一つのワケ〕
アクトタワーの29階以上、つまり細くくびれた部分から上はホテルの客室フロアになっている。その下の27階まではオフィスフロアで、オフィス棟の上に、全く機能の異なるホテル棟を載せている。確かに、オフィス棟とホテル棟を輪切りにした平面図で見ると、床面積が大分違うし、柱の間隔も異なっている。そして二つの大きさの異なる床面を28階の機械室の10メートルのスペースで“ツジツマ合わせ”をしている。この鉄骨の組み方の工夫が「スーパートラス」と呼んでいるものだ。

このスーパートラスを手がけたのは、日本設計の伊藤主管。「オフィス階とホテル階がバラバラのスパンで割れている、検討すべきポイントは、29階以上から上の周辺にかかる400トンにも達する鉛直荷重を、どうやって素直に下に流すか・・・・。頭の中はいつもこのことでいっぱいだった。1ヶ月余り考えた末、おぼろげながら解決策がひらめいて、模型を作り、組み立て手順を考え、コンピューター解析まで終って、“よし、これでいける”と自信の持てるトラスを組めたのが3ヵ月後のことでした。」と難産の後を振り返った。

〔コンサートホール(中ホール)は“浮き構造”〕
新幹線も停まるJR駅の、ほぼ構内のような近いところに、本格的な音楽ホールがあるというケースは全国的にも皆無だった。しかし、アクトシティは、浜松駅の目と鼻の先でこれを見事にやってのけ、日本初の四面舞台を持つ大ホール(2,336席)とパイプオルガンを備えた本格的なコンサートホール(1,030席)を浜松駅の隣に建設した。鉄道の振動音をいかにシャットアウトするかなどの厳しい挑戦であった。

演奏家達が大変気にするのは、演奏会場の響き以上に、周囲からの騒音だという。それほど音楽ホールにとってノイズは微妙であるため、騒音の事前調査は慎重そのものだった。すぐ横を走るJR在来線や新幹線、周囲の道路などからの振動がどう伝わってくるかを調査した。空気伝搬音は少なかったものの、個体伝搬音の影響が大きいことが分かった。新幹線は在来線の貨物列車より小さく、一番大きなものは上り貨物列車(一番線)からのものだった。

中ホールはコンサートホールだけに、非常に静かな空間であることが求められる。演奏会場がシーンと静まり返った時、周囲の喧騒が伝わってくるようなことがあったら、音楽ホールとしてはほとんど失格である。そこで中ホールを箱の中に箱があるような“浮き構造”に作り上げた。その手法は、まず、大ホールも含む15-1街区の鉄道側を地下37メートル、巾80センチのコンクリート壁で取り巻いた。鉄道高架の橋脚が地下20メートルまであり、列車の振動がこの地中の柱を通じて一番激しく伝わってくるからである。次にこの地中壁とホール建物全体との間の25センチの空間に防振ゴムをフロアごとに入れ、その間を発砲スチロールで埋めた。

大ホールの場合は、これだけの防振対策を取ればかなりいいのだが、中ホールはそれ以上の対策が必要である。建物の中に、さらに床、壁、天井を防振ゴムとグラスウールで浮かせた。ステージも1,2階客席の床も、全て50ミリのグラスウールボードの上にスラブを打って設けられ、壁は防振ゴムでコンクリート壁から離している。いわば中ホール全体が浮いている構造になっているのだ。

〔中ホールは抜群の音響性能〕
外の騒音や振動をすっかり遮った中ホールのコンサートホールは、建物の中に建物があるという“浮き構造”であるだけに、雰囲気はどうか、音響はどうなのだろうかと、気になるところだ。だが、ここは世界最高級のウイーンのロゼマイヤー製のシャンデリアが華やかに輝き、しっとりと落ち着いた雰囲気。音響はヤマハ音響研究所が音響設計を行っているだけに、折紙付きだ。

音響の素晴しさの秘密を科学的にひらたく言うと、@残響A音量B広がり感が卓越していることだ。残響とは余韻のことである。残響時間が長すぎると、速いテンポの曲の場合には、前と後の音が混ざり合って「ワーン」となってしまう。ヨーロッパの天井の高い中世の教会などは、残響が6秒などと長いため、ゆったりしたグレゴリオ聖歌などはピタリということになる。音量は音の大きさであり、広がり感は横方向からの反響音の伝わり方などを指す。

音響の最高の手本とされているのが、オーストリアのウイーンにあるムージクフェライン・ザールである。1970年オープン以来、現在まで130年余りにわたって、世界最高のオーケストラであるウイーン・フィルハーモニーの本拠地となってきた。ここの音響がなぜ良いのかについては、いろいろ指摘されているが、主な理由は@室容積が1万5千平方メートルと比較的小さいA両側の壁の間隔が19メートルと狭いB各周波数の音が拡散するのに有効な建築的装飾が多い・・・などだ。アクトシティのコンサートホールは、この最高のホールを参考に設計され建築された。パイプオルガンを持つシューボックス型(靴の箱型)の本格的なコンサートホールである。

〔地震と強風への備え〕
アクトタワーは優美な姿で立っているので、何となく重さを感じないという人がいるが、地上部分だけで10万8千トンもある。これだけの重量を支える為、地下42メートル以深に分布する堅い砂礫層に届く28メートルものクイを何本も打ち込み、ガッチリ支えている。しかし、しっかり地盤をつかまえて建てれば地震にも強風にも強いのかと言うと、そうは簡単ではない。

日本の超高層ビルは全て「柔構造」である。柔構造とは、建物の骨組みが適度な柔らかさと粘りを持っているということだ。これが地震や強風に強い秘訣である。超高層ビルの耐震設計はコンピューターをフルに使っておこなう動的設計法と呼ばれる手の込んだものである。建物の柱や梁、壁や床などの剛さや強さ、更に各階の重さなどを全てコンピューターに読み込ませる。そして実際に観測された地震波や特別に作った人工地震波を、建物を支える地盤に揺れたとして入力し、各階の揺れを計算でつかむのである。

アクトタワーに使われた地震波は7種類と多い。標準波と呼ばれる震度6のエレセントロ地震(カルフォルニア・1940年)、タフト地震(同・1952年)、次いで長周期の十勝沖地震(180ガル)、宮城沖地震(190ガル)、更に地元の想定東海沖地震(415ガル)の地震波で調べ、さらに東南海地震、濃尾地震の地震波を入力したしてみた。一般的に、地震波の建物への伝わり方は、形や高さによって異なる。建物にはそれぞれ「固有周期」と呼ばれる、もっとも揺れやすい周期がある。たまたま、ある周期がその建物の周期と一致すると、共振を起こして大揺れになることになる。

アクトタワーは楕円の平面を途中で絞り込んだ構造になっているだけに、正方形や長方形の比べて、地震の時にやや複雑な揺れになるという。「スーパートラスという絞込み構造のビルだけに、耐震設計では普通のビルの数倍の観測点を設けて解析しなければならず、それだけ大変でした。しかし、想定東海沖地震より遥かに大きい500ガルの地震にも、アクトタワーは絶対に倒れることはありません」と設計担当者の自信の説明である。超高層ビルも、かっこよく造ろうとすれば、それだけ技術面の難しさは増すようである。

〔500年に一度の烈風にも耐えられる〕
どんな超高層ビルも風が吹けば揺れる。同じ風が吹いても建物の形が違えば受ける影響も違ってくる。アクトタワーの設計に当たっては、風工学研究所で風洞実験を繰り返し、風の影響をつぶさに調べた。実験の結果、西風の場合に一番影響を受けることが分かった。風対策も地震の時と同様に、猛烈な強風がアクトタワーを襲った場合の揺れについて調べ上げ、この結果を設計に絞り込んで安全度を高めなければならない。

まず、100年に一回吹くだろうという強風でのシュミレーションを実施した。これは、建物頂部で平均秒速47メートルの風が10分続いたというケース。瞬間風速30〜65メートルという猛烈な風にさらされた場合だが、この時、最上層部で最大35センチ、最上層部の両端の揺れは、ねじれも加わる為44センチになる推測値を得た。

また、500年に一度の大風となると、秒速55メートルの風が10分間続いたと想定した場合のひどい条件だが、この時は最大50センチ、最上階の両端で最大62センチの揺れになると推定している。勿論、この数値はシュミレーションによる極限値で、こんな強風の吹くことは、殆ど考えられないが、しかし「500年に一度の風にも絶えられるように設計してあります」と、自信の程を語っている。

アクトタワー展望回廊の一角に、県下のビルでは初の制震装置が設置され、見学者に装置の全容を披露している。これは主に風対策で、強風或いは地震で建物が1センチ以上揺れ始めたら、この揺れを抑えるよう作動することになっている。