アンドレの「デジタルつれづれ草」102段

“お客様は神様です!”


キバナコスモスとアゲハチョウ(深萩町に て)

「お客様は神様です!」は昭和の名演歌歌 手、三波春夫の名セリフである。お客様第 一は商売の基本、どの店も顧客を如何に満 足させるかに頭を悩ませ、至れり尽くせり のサービスの限りを尽くしている。とはい え、お客様を満足させると言うのは最終目 的ではない。お客に満足していただいて、 できるだけ多くの人に足を運んでもらい、 売上を伸ばすのが本当の目的である。

美しい花を咲かせる植物は、けっして人を 喜ばせるために花を咲かせているわけでは ない。花にとっての顧客は人間ではなく、 花粉を運んでくれる昆虫である。花は花粉 や蜜を昆虫に分け与え、昆虫はその代わり に花粉を運ぶという植物と昆虫の関係は、 いかにもギブアンドテイクな関係に見える が、けっして助け合っているわけではな い。たまたま双方の利害関係が一致してい るだけのことである。

植物は、コストをかけて蜜を作ったり花び らで飾ったりしたのだから、虫にしっかり と花粉を運ばせて、投資分に見合うだけの 利益を上げなければならない。一方の昆虫 も植物のために働いてやる気など毛頭ない わけだから、少しでも良質の餌をたくさん くれる花でなければ訪れない。だから、 サービスを怠ると、気ままな虫たちはたち まち愛想が尽きてしまう。花と昆虫の関係 は、まさに身勝手な消費者と店の売上のた めに「お客様第一」を掲げる店の関係に似 ている。

花が咲き乱れるお花畑は人間の目にはのど かだが、当の花たちにとってはそれどころ ではない。ただ悠然と構えていても昆虫が やってくるはずがない。だから、昆虫を自 分の花に惹き付けようと、植物はあの手こ の手の誘客合戦を繰り広げている。まず は、花がここにある、ということを昆虫に アピールすることが大切である。昆虫が花 の存在に気付いてくれなければ昆虫を呼び 寄せることなど到底できない。

人の暮らす街にはさまざまな看板が乱立し てお店の存在をアピールしている。植物の 花も同じだ。昆虫の目に止まるように大々 的に看板を掲げている。それが花びらであ る。花は色とりどりの花びらで飾りつけ、 花を目立たせるためのものである。しか し、看板の役割をしているのは花びらばか りとは限らない。ドクダミの花は4枚の白 い花びらがあるように見えるが、実は花び らはない。花びらに見えるのは総包片とい う葉っぱが変化したものである。チュー リップには花びらが6枚あるように見える が、本当の花びらは3枚で、残りの3枚は ガクという本来は花びらを支える役割を果 たす部分である。人間社会でも商品名を印 刷したうちわを配ったり、路線バスの車体 に広告を出したり、サッカーや野球選手の ユニホームにスポンサーの名前を出した り、利用できるものはありとあらゆる物を 広告として使う。花だって同じである。花 を目立たせるために利用できるものは利用 するのだ。

どうせ咲くなら大輪の花を咲かせたい、と いうのはすべての人が思うことだろう。植 物だってそう思っている。花は大きい方が 目立つし、昆虫に見つけられやすくなる。 しかし、大輪の花を咲かせたいと思うのは 簡単でも、実際に咲かせるのは並大抵では ない。そこで植物は考えた。大輪の花が難 しいのなら、小さな花をたくさん咲かせる のだ。「ちりも積もれば山となる」の至言 どおり、小さな花をたくさん集めれば大輪 の花に負けない大きさになるのではない か。

植物の花をよく見ると小さな花を集めて咲 かせているものが多い。一つの花にしか見 えないレンゲやシロツメクサ、タンポポの 花も、よく見ると小さな花がたくさん集 まって形づくられているのが分かる。ヒマ ワリのような大きな花も小さな花がたくさ ん集まってできている。花びらだと思って いる花びらの一つ一つが花なのである。ヒ マワリの小さな花は一つの花に一つの種し かつかない。ヒマワリの花の芯はたくさん の花が集まっている。周りの花は花びらが 舌のように見えるので舌状花、中心にある 部分は花びらがなく、管の中に雄しべと雌 しべがあるだけなので管状花と呼ばれてい る。あたかも大きな一つの花に見えるヒマ ワリの花は、実は小さな花が1000個以 上も集まってできているのだ。コスモスや キク科の花もこれと同じような花が多い。

さて、いつ店を開けるかというのも重要な 問題だ。アサガオやツユクサなど、夏に咲 く花は午前中の涼しいうちに咲いて、日中 には閉じてしまう。午後まで咲いていて も、夏の炎天になると暑すぎて昆虫たちも 活動が鈍くなってしまう。昆虫が活発な時 間に店を開いてさっさと閉じてしまうのは 合理的である。有名なラーメン店が昼時と 夕方からしか店を開かないのと同じであ る。コンビニや大手スーパーの食品売り場 など、24時間営業を行う店も珍しくなく なったが、マツヨイグサ、カラスウリなど 夜開く花もある。昼間は花粉を運んでくれ る虫の種類も多いが、花の数も多いから競 争が激しい。過熱する勧誘合戦を避けて競 争相手のない夜咲く道を選んだのだ。夜咲 く花は蛾の仲間に花粉を運んでもらってい る。まさにお客は夜の蝶である。

損して得をとれ、は商売の基本。人を集め るのに最も効果的なのは無料のサービス品 だろう。スーパーでも試食コーナーは人気 がある。「タダより高いものはない」と分 かっていても、われわれはタダのものには 弱い。勿論店だって奉仕でやっているわけ ではないから必ず目的がある。誘客だった り、新商品の販売促進だったりである。植 物にとっては蜜がサービス品である。多く の花には蜜があるが、花にしてみれば蜜は 自らの受粉には全く関係ないものである。 昆虫を呼び寄せて花粉を運んでもらう為に 甘い蜜をたっぷり用意して、客の来店を 待っているのである。

コンビにには左周りの原則がある。入って 直ぐ右の雑誌の前を通って奥にドリンクが ある。更に進むと弁当のコーナーがあり、 弁当を選ぶと直ぐにレジがある。売れ筋商 品のドリンクと弁当を店の一番奥に配置し て、一通りどの売り場にも足を運ぶように なっている。植物だってコンビニが思いつ くくらいのことは既に実践している。植物 にとって蜜は正に赤字覚悟のサービス品で ある。サービス品だけ持っていかれたので は商売あがったりである。だからほとんど の植物が花の一番奥に蜜を隠している。

しかし、一番奥にあると花の外にいる昆虫 には気がつかれない恐れがある。「本日の 特売品はこちら」といった案内板が必要で ある。オオイヌノフグリやゲンノショウコ ウなどは花びらに中央に向かって何本もの 線が描かれている。これが蜜標である。花 の中央に向かって進めば蜜があることを教 えている。蜜へと続く通路には勿論雄しべ と雌しべを配置している。花びらという看 板で飾り、蜜まで用意した苦労は、すべて 花粉を運んでもらうためである。花の奥へ と潜り込み花から出るときに、ハチやアブ が触れざるを得ないように雄しべと雌しべ が配置されている。デパートのバーゲン売 り場が一番最上階で行われるのと同じであ る。各売り場フロアを通らなければならな いようになっている。

一見のどかな野の花の世界も、子孫を残し て生き続ける為のさまざまな工夫や苦労が あるのである。植物の生き方をよく観察し てみると、人間の生き方と共通する部分が あったりして結構面白いものである。"生 き物はみんな同じなんだなあ!"・・・と秋 の夜長のつくづく思ったのであります。(2006・10・14)

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