アンドレの「デジタルつれづれ草」95段

“メダカはどこへ行ったか?”


メダカだと思っていたら、こんなに大きくなってしまった

昨年6月のブログで書いた、かみさんが 「つい、可愛かったので買ってきちゃっ た」と、買い物ついでに買ってきた我が家 の3匹だけ生き残ったメダカが随分と大き くなって、一番大きなのは5センチくらい になった。いくら餌をやり過ぎたにしても メダカにしては大きすぎである。メダカだ と思っていたのは、多分鑑賞用のフナの仲 間だったようだ。子供の頃は田んぼや小川 にいくらでもいたメダカだが、最近はほと んど見られなくなってしまった。一体メダ カはどこへ行ったのだろう。

我々が子供の頃は、メダカは田んぼに溢れ ていた。学校から帰ると、宿題は後回しにしてよく近くの小川 や 田んぼへ魚とりに行ったが、メダカなどは 見向きもしないほど当たり前の生き物だっ た。まさか、そんなメダカが今では絶滅の 恐れのある野生生物に指定されるとは、思 いもしなかった。 メダカは水田の魚である。学名はオリジアス・ラティペス、「水田に住む幅広いひれ を持つ魚」と言った意味である。

メダカをはじめ、水田で繁殖する生物は、 もともと雨期に増水して水溜りになるよう な場所(一時水域)を利用して生きてい る。一時的ということは外敵も少ないと言 うことである。しかし、一時水域は常に干 上がるという危険性が待っている。その 為、一時水域を利用する生物は短期間に産 卵して早く生長することで危険を逃れる。

冬の間は水路の深みや泥の中などでじっと 過ごしたメダカは、日脚が長くなると共 に、活発に泳ぎ、餌をとるようになる。そ して、水温が最高20度、最低10度を越 える頃になると産卵を始める。田越しが終 わり、田んぼに水が張られるようになる と、メダカは水路から田んぼに移動する。 産卵期はちょうど田んぼに水が満たされる 時期と一致する。

メスが一度に産卵する数はせいぜい10か ら20個と少ないが、栄養状態がよければ 毎日のように産卵するので、1匹のメスが 1シーズンに産む総数は600〜1,20 0個にもなる。そして、1週間から10日 ほどで孵化する。厳しい自然界ではその全 てが無事に成長することはないが、小分け して産卵することと、爆発的な繁殖力、成 長の早さは、少し晴天が続くと干上がって しまう危険性のある一時水域で生き抜く為 のメダカの戦略である。

そんなに繁殖力の旺盛なメダカがいなく なってしまったのはどうしてなのか。田ん ぼが開発によって少なくなった、農薬が使 われるようになった。もちろんそれも理由 の一つではある。しかし、少し田舎へ行け ば田んぼはまだ残っている。その残ってい る田んぼにメダカがほとんどいないのだ。

昔の田んぼは、水路も土のままの堀上げで 田んぼと水路の段差もそれほどなかった。 湧き水や溜め池から水路を通って上の田ん ぼから下の田んぼに水が流れる自然流水を 利用していた。また、かつての田んぼや水 路には、冬でもどこかに水があった。湧き 水や生活用水を流していたので水量が減る 時期も、ある程度の流水があり、農道の橋 の下のような場所にも水溜りが残ってい た。水が僅かでも残っていればメダカは泥 や落ち葉の下で生き延びることができる。

ところが現在の田んぼはすっかり様子が変 わってしまった。コンクリート水路やパイ プを通じて必要な時だけ田んぼに水を入れ る。ぬかるんだ田んぼではトラクターなど は使えない。稲刈りの前になると田んぼの 水は完全に抜かれて干上がる。これではメ ダカは田んぼに入れないし、生活できな い。そして池にゲームフュイッシングのた めにブラックバスが放たれてしまってはも う完全に小さなメダカはノックアウトであ る。

私がよく訪れる佐鳴湖の里山保護地区の田 んぼにはボランテアによりメダカが保護さ れている。ウオーキングに行っては時々覗 いてくるが、可愛いものである。メダカも 棲めないような地球にはなってはほしくな いものだ。

日本の風景が猛スピードで変わり始めたの は1960年代以降、東京オリンピックの 時からである。道路や川は真っ直ぐにな り、丘は削られ、谷は埋められ、日本中の 風景が直線的で平坦なものになってしまっ た。それが「成長」だと錯覚していた。変 わり行く風景の影で多くのものが数多く失 われている。成長を続けることでよりよい 未来が訪れる。成長の向こうにバラ色の未 来が待っていると信じてきたのだが・・・ ・・・・。(2006・7・7)

「デジタルつれづれ草」トップ