アンドレの「デジタルつれづれ草」86段

“口から生まれた世渡り上手”

立春も過ぎて、頬をなでる風もひところの 冷たさはなく、一雨ごとに春らしくなって きた、このところ暗い話題ばかりでうんざ りの方も多いでしょう。今回は私の大好き な楽しい雑草の話をしよう。愛犬の散歩道 の土手や休耕田の日当たりの良いところで は、もうホトケノザの紅紫色の花が咲き始 めている。

ホトケノザはランの仲間ではなく、シソ科 の雑草であるが、虫眼鏡で良く見ると、ラ ンを思わせるほど可憐で美しい花を咲かせ ている。花は上唇と下唇を開いた口のよう な形をしている。この花は唇に似ているの で植物学的にも唇形花(しんけいか)と呼 ばれている。春の陽だまり一面に咲くホト ケノザは、まるでその唇でおしゃべりを楽 しんでいるかのような賑やかな感じがす る。ホトケノザはこの魅惑の唇でハチを呼 び寄せている。

下唇には目を引く美しい模様が描かれてい る。この模様が空中を飛ぶハチへの標識に なっている。更にこの下唇は少し広くなっ ていて、ハチの着陸場所としてヘリポート のような機能を持っている。標識を見つけ たハチはこの模様を目がけて着陸するので ある。下唇に着陸すると、上の花びらには 花の奥に向かっていくつもの線が引かれて いる。ちょうど着陸した飛行機を誘導する ラインのように、ハチを蜜のある場所へ導 く道標の役割をしているのだ。そして、ハ チを花の一番深いところへ導いていくので ある。

花は細長く、中へ入るほど細くなってい く。ハチが花の中へ進んでいくと上唇の下 に隠れていた雄しべが静かに下がってく る。そして、蜜探しに夢中なハチの背中に 花粉をつけるのである。気付かれないよう に、そっと人の背中に「バカ」と書いた紙 を貼るいたずらがあるが、それと同じよう なものだろうか。しかも、ハチは背中まで 足が届かないので、たとえ気がついたとし ても自分ではその花粉を取ることが出来な い。しかし、ハチをとりこにするホトケノ ザの魅惑の唇も、当のハチがいなければ何 の価値もない。ハチが少なくなる夏になる と、ホトケノザは口を硬く閉ざしてしま う。そして、葉の付け根に目立たない閉鎖 花をつけるのだ。閉鎖花は開くことなく、 つぼみのままで、自分の花粉で受粉して実 を結んでしまう。あれだけ饒舌なホトケノ ザさえ、口を開くべき時期と、口をとじる べき時期をわきまえているのだ。

ところで、ホトケノザの名は花を囲む葉の 形が仏様の蓮座に似ていることに由来す る。「せり、なずな、ごぎょう、はこべ ら、ほとけのざ、すずな、すずしろ、これ ぞ七草」。この有名な春の七草に歌われる 「ほとけのざ」は、実はここで紹介したホ トケノザではない。七草の「ほとけのざ」 はキク科の「コオニタビラコ」という、全 く別の植物なのです。コオニタビラコは地 面に広げたロゼット葉が仏様の蓮座に似て いることから、もともとは「ほとけのざ」 と呼ばれていた。ところが、ホトケノザの 口のうまさが一枚上手だったのか、有名な 春の七草として歌われた「ほとけのざ」の 座を見事に奪い取ってしまったのである。

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つれづれ草を書き終えてホッとしていた ら、ビックニュースが飛び込んできた。ト リノオリンピックでフィギュアースケート の荒川静香選手が、逆転で日本史上初、ア ジア選手でも初の金メダルを獲得した。ト リノでは日本勢はメダルはゼロかと思って いた矢先のビックニュースにテレビは大騒 ぎである。まずは良かった良かった。(2006・2・25)

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