アンドレの「デジタルつれづれ草」55段

“山路来て 何やらゆかし 菫草(すみれぐさ):松尾芭蕉”

すみれ

3月5日は「啓蟄」、土の中の虫たちも動 き出して、いよいよ春本番である。と言っ ても、昨日は関東地方は記録的な大雪に なってしまいました。虫たちも慌てて土の 中に戻ってしまったかもしれませんね。し かし春はもうすぐそこ、私の大好きな野の 花の季節の到来である。まず春の野山に咲 く花の中で私が一番好きな花はスミレの花 である。花の形が大工の使う墨入れに似て いるのでスミイレがスミレになったという が異説もある。スミレ属は北半球の温帯を 中心に約400種、その内日本には1割以上 の54種がある。

スミレは山道のやや明るいところによく生 えている。しかし、山野に咲くイメージの 強いスミレも、気をつけて見ると、コンク リートの割れ目や石垣の隙間など、街の中 でも見ることが出来る。スミレの種子には 「エライオソーム」というジェリー状の物 質がついている。この物質はアリの好物 で、お菓子の「おまけ」のような役割を果 たしている。子供たちが「おまけ」欲しさ にお菓子を衝動買いしてしまうように、ア リもまたエライオソームを餌とするために 種子を巣に持ち帰るのだ。アリがエライオ ソームを食べ終わると、種子が残る。種子 はアリにとっては食べられないゴミなの で、巣の外に捨てられる。このアリの行動 によってスミレの種子は見事に散布され る。

アリの巣は必ず土のある場所にある。街の 中ではアリの巣の出入り口はアスファルト やコンクリートの隙間を上手く利用してい る。野の花のイメージが強いスミレが街の 片隅のコンクリートの隙間や石垣に生えて いるのは、わずかな土を選んで、アリに種 を蒔いてもらっているからにほかならな い。その上、アリのゴミ捨て場所には、ほ かにも植物の食べかすなども捨てられてい るから、水分も栄養分も豊富に保たれてい ると言う特典つきである。

スミレは花にも秘密がある。スミレの花を 良く見ると、花を長くして後ろへ突き出て いる。この突き出ている部分を「距 (きょ)」と呼ぶ。距は蜜の入れ物になっ ている。花には様々な虫が訪れるが、花粉 を運んでくれる虫もいれば、花粉を運ばず に蜜だけを盗んでいく虫もいる。スミレの 花粉を運んでくれる虫は、舌を長く伸ばす ことの出来るハナバチの仲間だ。だからス ミレの花は筒状に長いのだ。ハナバチが訪 れて、花の中に頭を突っ込むと、5本の指 から中指が離れるように雌しべの部分がず れて入れ物に隙間が出来る。そして、花粉 がこぼれ落ちてハナバチの頭に降り注ぐ仕 掛けになっているいるのだ。

しかし、春を過ぎるとハナバチはすっかり 訪れなくなる。その頃になるとスミレはつ ぼみのまま、花を咲かせなくなる。別にふ て腐っている訳ではない。つぼみの中で雄 しべが雌しべに直接ついて受粉してしま う。開くことなく種をつけるこの花は「閉 鎖花」と呼ばれる。閉鎖花は最初から咲く 気がないのだ。ほんとは自分の花粉をつけ るよりも他の花の花粉を付けたほうが遺伝 子的にも良い子孫を残すことが出来る。し かし、それもハナバチが訪れてくれればの 話で、いくら理想を言っても種子が残せな くては意味がない。そこで次善の策として 自分の花粉で受精するのである。

虫まかせの方法に比べて閉鎖花のメリット もある。確実に種子を残すことが出来る。 更に季節にも左右されないのでハナバチが 訪れなくなった夏から秋まで種子の生産が 可能である。もう一つは、虫を呼ぶ為の蜜 も必要ない。花粉も必要最低限の量を用意 すればいいなど、コスト削減が出来る。ス ミレは生き残るために、こんなにもしたた かな生き方を身につけてしまった。雑草の 花にはスミレ以外にも閉鎖花で自家受粉す る花は非常に多いのだ。(2005・3・5)

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