アンドレのフォト・エッセイ「青春日和」No.90

“天災は忘れる間もなくやってくる”

4月14日の夜、いつものように風呂上がりにテレビを見ていたら、9時半過ぎに「熊本地方で地震発生震度7震源地は…」の字幕が出た。見慣れたいつもの地震情報だが震度7はちょっと大きいなとは思っていたら、新番組の刑事ドラマの大詰めのクライマックスに差し掛かったところで突然臨時のニュース番組に変わり、「午後9時26分ごろ、熊本市益城町でマグニチュード6.5、震度7の地震が発生…」と伝え始めた。夜間ということもあり、あまり詳しい被害状況が分からないまま、やはり大きな地震が起きたことが分かったところで、ニュース番組を途中まで見て寝床についた。

翌朝の新聞の朝刊に「熊本で震度7」の大きな見出し、2人死亡、家屋倒壊などの記事が躍っていたが、まだ夜間で詳しい情報が分からない状態での朝刊の新聞記事だった。昼間のテレビニュースで次第に状況が分かるにつれ、九州地方では初めての大きな地震であることが分かった。その後頻発する震度6強前後の余震、家屋の倒壊、橋の崩落、大きな土砂崩れなどの映像が次々に映し出され、想像以上の被害状況に唖然とする。震源地が内陸部で津波こそ発生しなかったが、深さが12キロ前後と浅い為強く揺れたという。

地震から一夜明けて一時避難していた人たちも壊れた家に戻って片付け作業を終えて寝床についたであろう2日目の16日早朝、深夜1時25分に再び大きな地震に見舞われた。結果的に最初の地震よりも大きなマグニチュード7.3の阪神大震災と同じ規模だったという。気象庁はこちらを本震だったと訂正した。まさか初めより大きな地震が後から来るなど予想だにしない、まさに異例の地震だった。この2回目の本震で被害がさらに増幅されてしまった。死者は40名を超え行方不明者も数人いる。重軽傷者は千人以上だという。初めの地震では瓦の一部が落ちた程度だった熊本城が2回目の本震で無残にもほとんどの瓦が落下し、石垣や文化財の建物の大部分が倒壊した姿が痛々しい。14年前に還暦祝いの九州旅行で訪れた熊本城は立派で感激した思い出があるだけにショックであった。

今回の熊本地震は強い余震の多さも異例だが、さらに震源地が熊本地方、阿蘇地方、大分地方と広範囲に広がっていつ終息するのか予測がつず、もうすでに1週間が過ぎた。九州地方は台風に対する備えはあるが、今まで大きな地震に見舞われたことがなく不意を突かれた感じのようだ。気象庁も、今までの観測値では予測不可能な異例づくめな地震のため、今後の余震は予測できないと発表している。一部の市庁舎では倒壊寸前で行政の機能がマヒしてしまった。避難所ではすし詰めの状態でプライバシーもなく、眠れるものではないであろう。ノロウイルスなどの感染症も発生しているという。多くの人が避難所周辺の駐車場の車の中で避難生活をしている光景が特徴的だ。エコノミー症候群など体調を崩す人が多く発生しているという。

「天災は忘れたころにやってくる」とは昔のことで、今は「天災は忘れる間もなくやってくる」。近年発生の大きな地震だけでも阪神大震災が1995年1月、新潟県中越地震が2004年10月、東日本大震災が2011年3月、そして今回の熊本地震だ。ただ、多くの専門家が研究していても地震だけは予測が難しく、今まで地震の予測ができたためしはない。今回の九州地方の地震発生予測率は8%のところで起こっている。発生予測率は余り意味がないと言わざるを得ない。マグニチュード8クラスの南海トラフの東海地震が30年以内に80%、50年以内に90%と言われているが、いつ来てもおかしくない時期に来ていることだけは歴史上明らかだ。もし起これば死者30万人以上ともいわれ、今回の熊本地震は他人事とは思えない。近年、火山の噴火も頻発しており、地殻変動が活発な時期になっているように思う。できれば自分が生きている間は来てほしくないのが本音である。(2016・4・21)

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