アンドレのフォト・エッセイ「青春日和」No.58

“伊根の舟屋を訪ねて”

“あなたの今一番の楽しみは何ですか?”と問われれば、まずは“歴史の町並み訪問”と答える。日本全国にはまだまだ数多くの歴史的な古い町並みが残っている。かつて雑誌「旅」が選んだ「歴史の町並み100選」というのがある。北は北海道の小樽、函館から、南は鹿児島県の出水市、沖縄の武富島まで。宿場町、武家屋敷、城下町、町屋、合掌集落など様ざまである。そんな町並みをのんびり訪問してカメラのシャッターを切っている時は、まさに私にとって「至福の時」、すべてを忘れて没頭できる最高の時間だ。そんな歴史の町並みの中でも是非行ってみたかった「伊根の舟屋」に「歴史の町並み」の23番目の訪問地として行ってきた。

毎年恒例の兄弟、従兄弟の4家族の一泊旅行だ。計画を立てるのは私だから、目的地は私が勝手に決めることができるのだが、丹後半島の伊根までは一泊旅行では少し遠いのではと思っていた。しかし調べてみたら高速道路一本で丹後半島入口の天橋立まで行けることが分かった。朝7時に出れば途中休憩しても12時過ぎには到着できる。世の中便利になったものだ。5月21日早朝7時、私の8人乗りのワゴン車に7人が乗り込んで自宅を出発して東名浜松西インターに入った。前日まで悪かったお天気も朝から見事に晴れて、5月にしては涼しい五月晴れの上天気に恵まれた。東名高速、伊勢湾岸自動車道、東名阪自動車道、新名神高速、名神高速、中国自動車道、舞鶴若狭自動車道、京都縦貫自動車道を乗り継いで、途中ほとんど渋滞もなく宮津天橋立インターを下りて最初の訪問地、天橋立に予定通り12時半に到着した。今ではカーナビという優れ物があるので、方向音痴でも目的地まで迷うことなく、到着時刻も正確に分かるので大いに助かる。

天橋立は日本三景の一つ、知らない人はいないが私は初めての訪問だった。到着早々、まずは日本海の海の幸、海鮮料理の昼食をいただいた。先ほどまで水槽で泳いでいた魚はさすがに新鮮で美味しかった。昼食後、さっそくモノレールに乗って「天橋立ビューランド」展望台へ。やはり天橋立へ来たら「股のぞき」をしないわけにはいかない。天橋立は絵葉書どおりの風景だった。「三人寄れば文殊の知恵」の智恩院とみやげ物屋に寄って、松並木散策は熟年組には無理なので、一路「伊根の舟屋」に向かった。丹後半島の海岸沿いの道を北上、こんな田舎の道路でも今ではバイパスができたり整備されて快適だ。今日の宿屋に行く途中「道の駅・舟屋の里伊根」に寄る。伊根湾を一望できる高台にあって眺めは最高だった。ここから5分で今日の宿泊地「民宿与謝荘」に4時半頃到着した。昔の舟屋を改装した正に船宿だ。対岸にずらりと並んだ舟屋が一望できる絶好のロケーションに大いに満足だ。

ここは天橋立のような観光地ではないので観光旅館やホテルは一つもない。宿屋はみんな舟屋を改装した民宿だけだ。民宿だから部屋の設備は至ってシンプル、ラジオもテレビもない。驚いたことに部屋の窓にカーテンがないのはどうしてなのか良く分からなかったが見晴らしが良いようにとの配慮なのか。しかし、外からは部屋の中の様子は余り見えなかった。まずは夕食前に風呂に入った。もちろん温泉地ではないし民宿なので、風呂といっても家庭風呂の少し大きい程度、3人で満員だった。いよいよ6時から夕食だ。海面すれすれの窓からは真正面に舟屋が一望できる。まだ外は明るいので最高の眺めだ。窓のすぐ前のブイの上にカモメが一羽止っていた。夕食がテーブルに並んだ。やはりここは日本海の漁師町、鯛やヒラメ、カワハギ、イカなどの刺身がお皿にいっぱい。煮魚に焼き魚、とにかく新鮮な海の幸がいっぱい、部屋は質素だけれど料理は大いに満足だ。この日は我々7人グループのほかに熟年2夫婦と韓国から来たという日本語の上手な若い女性2人連れだった。

夕食が終ると、民宿のおかみさんから、「よろしかったらこの後7時30分に玄関前にお集まりください。一番古い船屋の案内と造り酒屋をご紹介します。見学料お一人500円だけいただきます。」と連絡があった。一組の夫婦以外はみんな集合した。夏とはいえ外はもう暗くなった潮の香りのする海沿いの道をおかみさんの説明を聴きながらぞろぞろとみんな揃って歩いて行った。一番古い舟屋の前で立ち止まった。電気を付けて中に案内してくれた。何でも江戸時代の舟屋だという。見事な大漁のぼりや昔の生活用品がたくさん陳列されていた。見どころは舟屋の造りだそうだが、外は暗いし説明を聞いただけで生返事で終わってしまった。やがて向かいに住む舟屋の持ち主が見学料を受け取りに来て帰って行った。

帰り道にあった伊根で1軒の造り酒屋「向井酒造」に案内して民宿のおかみさんは帰って行った。酒屋の50代と思われるおかみさんが、みんなに盛んにさまざまなお酒をコップに注いで試飲を勧める。なんでも東京の大学の醸造学科を卒業して酒屋を継いだ、ここの娘さんの「女杜氏の造り酒屋」が売りのようだ。息子さんは他所の造り酒屋で修行中だという。みんな結構お酒を買って帰って行った。わが家も珍しい赤米の酒と吟醸酒を買った。こうして伊根の住民は観光客を紹介し合って、持ちつ持たれつで生活しているということなのだ。この間歩いて10分ほどの距離を約40分ほど散策を兼ねて時間をつぶして宿屋に戻った。外にはスナックもカラオケもない、部屋にはラジオもテレビもない吉幾三の歌のような世界では、後は寝るしかなかった。

翌朝は4時過ぎに目を覚ましてしまった。やはり静岡県よりはずいぶん日の出が遅いのかまだ外は結構暗いが天気は今日も良さそうだ。それでも5時には明るくなったので起きてカメラを持って伊根湾を一周することにした。伊根湾に並ぶ舟屋は全部で230軒ほどだという。伊根湾の端までは随分遠いと思ったが、30分ほどで着いてしまった。帰り道を1軒1軒ゆっくり観察して、気に入った舟屋をカメラに収めながらのカメラ散歩。この時間がとてもたまらない。誰にも邪魔されずに一人でのんびり写真を撮りながら歩く。もう片方の湾の端まで歩いて、昨夜見た江戸時代の舟屋も明るいところで再確認した。こうして朝食前の1時間半ほどをじっくり伊根の舟屋の端から端までカメラ散歩ができて、今回の私の旅の目的の夢は完成した。

朝食前の1時間半の散歩のお蔭でお腹を空かして食堂に。朝食は8時と随分遅かったが、卵かけごはんとアジの干物が美味しかった。朝食後、伊根湾を一周する観光船に乗る予定だったが、海上タクシーというのがあるからこちらの方が良いのでは、との宿のご主人の話に早速電話をしてみたら、すでに同じ民宿に泊まった熟年夫婦が9時に予約していた水上タクシーに同乗できることになった。タクシーは民宿の桟橋まで迎えに来てくれた。ちょうど9人乗りで満席になった。船長がマイクでいろいろ説明してくれた。船の家から眺める舟屋群も視点が変わって面白い。結構舟屋の近くまで船を寄せてくれた。伊根の舟屋は映画のロケにもよく使われるそうだ。渥美清の寅さんシリーズでロケに使われた舟屋、西田敏行の釣りバカ日誌でロケに使われた舟屋なども案内してくれた。最後にカモメの餌やりのサービスがあった。何処にいたのか餌をまくとたくさんのカモメが寄って来て目の前で乱舞を始めた。みんな夢中になって餌をまいて楽しいひと時を過ごした。

こうして楽しかった伊根の舟屋の旅が終わった。帰りに黒大豆や栗で有名な兵庫県の丹波篠山の篠山市に立ち寄って昼食を摂ってしばらく街並みを散策した。ここも「歴史の町並み100選」の一つの城下町だ。江戸時代の町並みが残る古き良き通りがあるが、余り時間が取れなくて30分ほど足早にカメラに治めてきた。「歴史の町並み」シリーズの中でも、今回の一泊二日、往復827kmの「伊根の舟屋」の旅は他では見られない珍しい風景ということもあって、特に印象に残る満足の旅だった。さて、この次はどこにしようかと楽しみがまた広がった。(2010・6・5)

「青春日和」トップ