アンドレのフォト・エッセイ「青春日和」No.31

“スズメの世界に少子化はありません”

スズメ

スズメはカラスと共に日本では最も身近な野鳥です。おもに人家の屋根に巣を作り、人が作った穀物に食の多くを依存しています。人が住んでいる所ならほとんど全国各地、どこにでも普通に見られます。しかし、人里離れた山の中や孤島などではほとんど見かけることはありません。ところが、森林が開発されて人が住むようになると、スズメもいつの間にか何処からともなくやって来て住むようになります。また、過疎になって人が住まなくなって空家ばかりになると、スズメもまたいつの間にか何処へともなく姿を消していきます。日本ではスズメほど人の生活に密着して生きる野鳥は他にはいません。そんな身近なスズメなのに、案外その生態などはよく知られていません。

寝起きの乱れた髪のことを“スズメの巣のようだ”と言ったりします。スズメはそんな粗雑な巣しか作れないのでしょうか。スズメと聞くと「稲の害鳥」を連想します。日本で稲作が始まる以前からスズメは生きていたのに、何を食べていたのでしょうか。スズメが日本史上に文字ではっきりと登場するのは記紀(古事記と日本書紀)からで、古事記では「碓女(うすめ)」、日本書紀では「春女(はるめ)」として登場します。どちらも「米つき女」という意味です。このようにスズメとイネの結びつきは稲作開始と同時に始まっていたようです。典型的な種子食(植物の種を食べる)のスズメが、大量にしかも安定して生産されるイネを食物のメイン・メニューに加えるのは自然の成り行きです。イネの栽培技術が未熟で収穫量が少なかった過去の時代では、スズメによるイネの食害は今よりずっと深刻で、死活問題だったに違いありません。

スズメがイネを食い荒らすのは決まって田の周辺部で、中央部では決してありません。しかも、近くにいざという時に逃げ隠れできる生垣や木立、竹やぶなどの茂みがあるという条件のそろった場所です。スズメは米ばかりを食べているわけではありません。米、麦、ソバなどの穀物は46%、その他メヒシバ、スズメノヒエなどのイネ科の植物の種子、イヌタデ、ハコベ、カタバミなどの雑草類の種子、動物性の主なものはゾウムシ、ハムシ、コガネムシなどの甲虫類が最も多く、ヨコバイ、イナゴ、ガの幼虫など、いわゆる農作物の害虫が大半です。ヒナを育てている時期の親鳥が虫を運ぶ回数は、ヒナが6羽の時の観察では、1時間当たり40回、1日の活動時間を12時間として巣立ちまで2週間、巣立ち後の給エサ日数を10日間とすると、1回に1匹の虫を運んだとしても11,520匹となります。1回に2〜3匹をくわえてくることもあり、親鳥が食べる分もあります。スズメは年に2〜3回繁殖するので、日本全国で食べる害虫の数は天文学的な数字になります。

250年ほど昔のヨーロッパで、サクランボ好きの王様が、果実をついばむスズメをいまいましく思い、ほとんどいなくなるほど駆除してしまいました。今年こそサクランボが豊作だと思っていたところ、毛虫が大量発生して、サクランボの木は無残にも丸裸になってしまいました。同じような話は中国にもあるそうですが、スズメは春から初夏にかけての繁殖期には農作物の害虫をたくさん食べてくれます。おかげで秋の実りも多いわけで、実りの時だけを見て害鳥と決めつけて駆除するのは愚かな行為です。

スズメの寿命は飼育して上手に飼えば10年以上は生きているそうですが、天敵の多い自然界では2〜3年ほどです。スズメの巣は様々な所に造られますが、その多くは屋根などの人工物の隙間です。人家も空き家ではだめで人が住んでいないといけません。人の出入りがあり人影が多いほどよく、それにスズメに無関心な人なら尚いいわけです。そんな好条件がそろっている場所は、やはり神社仏閣、学校などです。これらの建物は一般的に人家より高くて安全です。なかば集団的に営巣していることが多く、一旦営巣すると、そこに執着する傾向があります。巣の素材は藁屑のようなイネ科の植物の枯れた茎や葉、樹皮、羽毛、犬や猫、人の毛などや、人の生活から吐き出される糸くず、毛糸など多種多様、しかも多量に使われます。巣の内側の産座に使われる羽毛は、かつてはニワトリのものがほとんどでしたが、現代ではニワトリを飼う家庭がほとんどいなくなったので、ドバトやキジバト、ヒヨドリの毛が目立ち、時代と共に変化しています。

近年は屋根瓦を使用しないマンションやビルが増え、個人の住宅でも軒先瓦下の雀口がふさがれたり、雀口のない平たい瓦が使われたり、スズメの営巣する場所が少なくなっています。そのような状況の中で、適応力の優れたたくましいスズメは、また新たな営巣場所を開拓しています。しかし、時には困った問題が発生します。雨どいや煙突に営巣すると、排水や排煙が悪くなり、特に煙突は不完全燃焼によって一酸化炭素が発生したりして危険です。我が家でも昔、風呂場の煙突の中にスズメの巣を作られたことがありました。実際に入浴中の人間が死亡したという事故が発生したことがあるそうです。

巣がだいたい出来上がると繁殖の準備で次は交尾だが、人間が考えるほどスズメの世界は簡単ではないようです。巣造りが一段落するとオスはメスに付きまとうようになります。しかし、まだその気にならないメスは勝手気ままに行動します。その後を見失うまいと必死に追いかけるオスの姿はけなげです。メスが立ち止まるとすぐその周りを全身の羽毛を膨らませて大きく見せ、気ぜわしく歩き回り、ヒヨヒヨヒヨ・・・と甘くやさしい声で愛をささやきます。メスが移動するとすぐその後を追い、止まると同じ動作を繰り返します。次第にメスもその気になってくると、体を低くして背を反らせ気味にして尾を上げ、下げた両翼の先が小刻みに震わせるとOKです。オスはすかさずメスの背に飛び乗り、羽ばたいてバランスを取りながら腰を低めて慎重に尾を交差させたと思ったら、もう1回の終わりで飛び降りてきます。この間ほんの数秒で実にあっけない。これを2〜3回繰り返して、メスが羽づくろいを始めたらもう終わりで、その後はオスがどんなに誘ってもダメです。

メスが1回の繁殖で産む卵の数は普通4〜6個で、1日に1個ずつ、毎朝7時くらいまでに産卵します。所定の個数を産卵すると雌雄が協力して抱卵に入ります。朝夕の抱卵の時間はオスのほうが長いが、その他の時間はメスのほうが長く、夜間はメスだけでするので、1日の抱卵時間はメスとオスが10対1で、オスは手伝っている程度でしかありません。「スズメ百まで踊り忘れず」などと歌われるほど活発なスズメにとって、じっと抱卵しているのは、さぞかし辛かろうと思えますが、当のスズメにとってはそうでもなく、特にメスは快感らしいのです。この時期、メスの腹部には羽毛が抜けて皮膚が露出した抱卵斑点ができます。血管が集中して体温を部分的に高くして熱が卵やヒナに直接伝わりやすくなるのです。その部分にひんやりした石灰質の卵の殻が触るのはむしろ気持がいいと考えられます。抱卵し始めて12日目に孵化します。孵化したてのヒナは丸裸でフニャフニャしていて、まるで薄いピンクの肉の塊といった感じです。まだ体温調節能力が備わっていないので、引き続き1週間は親鳥が抱き暖め続けなければなりません。

孵化後1週間もすると目も開きかけ、頭部や背筋が黒済み尾羽の基のようなものもできてきます。鳴き方もシリシリシリ・・・とはっきり元気に、そして10日もたつとチリッチリッ、と張りのある鳴き声になってきます。ヒナの成長は目覚ましく、体重は羽毛が急に伸び始めるまでの10日間くらいは、毎日卵重にほぼ等しい1.8グラムづつ増加していきます。羽毛の伸びが大きくなると、体重は足踏み状態になり、孵化後約2週間で体重が平均20.3グラムで巣立っていきます。ヒナへの給餌は孵化後直ぐに始められ、巣立ちまでの2週間、餌運びは初め1日100回くらい、観察では巣立ち3日前では290回が最高で、午前7時から午後7時までの12時間に、平均2分30秒間隔で運んでいたそうです。ヒナは餌をもらうとすぐ後ろ向きになり、尻を巣の縁にせりあげて糞をします。孵化後間もないヒナは消化能力も不十分で、糞にはまだ栄養が残っているので親鳥が食べてしまいます。しかし、日がたつと親鳥がくわえて捨てに行きます。巣を清潔に保つのと、巣が糞で白くなって天敵に見つかリ易くなるのを防ぐためです。

親鳥のヒナへの給餌は平等に行われます。といっても、親鳥が意識的にしているわけではありません。目も開いていないヒナは自分より高い位置で動くものがあると、餌を運んできた親と感知して一斉に口を開けます。その時、最も大きな口を開けるのは、もっとも空腹のヒナです。親鳥の給餌を受けるのに一番いい場所は巣の入口の正面です。空腹のヒナは必至でこの場所を取ります。満腹のヒナは活動も鈍り眠たげで口の開け方も小さく、他のヒナに押されて後ろへ回されてしまいます。こうして、ヒナは自主的に巣内の場所を交代しながら平等に給餌を受け、一様に育っていきます。またヒナの口内は鮮やかな赤色をしていて、これが親鳥の給餌を促す働きがあります。この例では、自分では巣を作らず、他の鳥の巣に卵を産んで、仮親にヒナを育ててもらうカッコウのヒナの口内は鮮やかな赤色をしています。仮親は、実の我がヒナより色鮮やかで大きな口のカッコウのヒナにせっせと餌を与えてしまうということになります。自然界は面白いものです。

それまで旺盛だったヒナの食欲が減退すると巣立ちも間近になります。体を絞って身軽にしているのでしょう。巣立ちは孵化して2週間目ごろで、だいたい午前中です。空腹に耐えかねて親鳥の鳴き声に誘われて屋根瓦などの下の暗い巣の中から明るい世界へ恐る恐る出てくると、一気に宙を舞います。飛び方は親鳥に教わったわけでも事前に練習したわけでもないのに、そこは空の生き物で見事です。とはいっても、まだ親鳥のようには上手に飛べず、途中で地上に落ちてしまうことも結構あります。そんなとき、近くに人や猫がいると親鳥はもうパニックになり、気が狂ったようにジュクジュクと鳴き、時々ビュウビュウという音を交えながら緊張した様子で巣立ったヒナの周りを右往左往して飛び回ります。

暗い所で育ったヒナは、育ってからもすぐに暗い所へ逃げ込もうとします。巣立ち後2〜3日は巣の近くの樹木の茂みなどにじっと寄り添って潜み、終日餌をねだってチリッ、チリッと鳴き続け、親鳥から給餌を受けます。巣立ち後の給餌も周囲を警戒しながら雌雄で協力してやっています。巣だって4〜5日もすると、ヒナも行動力がついてばらばらになり、そうなると今度はオスとメスが手分けして世話をするようになります。庭などがスズメの親子で賑わうのもこの頃で、何組かの親子が鉢合わせになると、どれとどれが親子か見分けがつかなくなる。当のスズメにもそのようなことがあるようで、明らかによその子と思われるヒナに給餌していることがあります。この時期はできるだけ大きな口を開けて催促したほうが勝ちで、親鳥はわが子、よその子に関係なく、本能的に大きな口に餌を与えてしまうもののようです。

この時期は巣立ったヒナは親鳥から給餌を受けるだけでなく、餌の取り方や危険なものなどを学習し、「スズメとしての生きる力」を身につける大切な時期です。スズメは1回の繁殖で巣造りに約10日、産卵に4〜6日、抱卵に12日、巣立つまでに約14日、巣立ち後の給餌と教育に約10日と、最低50日間を要します。1回目のヒナが独立すると、すぐに2回目の繁殖に取り掛かります。巣は傷んだ部分を修復して再使用しますが、繁殖に費やすエネルギーは相当なものと考えられます。スズメの世界に少子化はありません。それに比べてわれわれ人間は、現代ではせいぜい一生に1回、多くても2〜3人の子供を何とか成人まで育てて、後は定年になってやれやれとのんびりして、毎日夕方になると枝豆にビールで一杯やっていては、生涯休みなく子育てに励むスズメに笑われてしまいそうです。(2008・4・25)

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