アンドレのフォト・エッセイ「青春日和」No.26

“老いの初体験”

私は今、人生初めての60代を経験中である。まあ誰でも何時かはそうだけど。それで、年を取るということがどういうことなのか体験しながら、「なるほど、なるほど」と、日々実感している。私だけじゃない、どうせ同じ世代の人はもちろん、誰だって最後にはみんな経験することだから余り悲観的にならず、「年を取るってこういうことだったんだ!」と初めて確認できた喜び?を楽しむことにしている。

むかし、私が小学校低学年の頃、母親の実家のおばあちゃんに会うと、「おばあちゃんは耳が遠くなったから、大きな声で言って!」とよく言っていた。小学生の私には耳が遠くなる意味がよくわからず、耳の位置がだんだん頭の後ろに移動することなのかと思って、おばあちゃんの耳をまじまじ眺めたものだった。今、私の耳が以前より遠くなったなあ、と実感する。もともと私の左耳は難聴気味なのだが、更にテレビの音が以前と同じ音量なのに聞き取りにくくなってきた。ボリュームを上げたくても家族に「うるさい」と言われそうで、そのまま聞こえている振りをしているが、内容がよく聞き取れないことが多くなった。みんなが笑っている時に、私は内容が把握できなくて笑うことができない、ということがあったりする。

新聞が読めるようにと遠近両用の眼鏡を掛けているが、新聞は眼鏡を外して近づいたほうがよく見えるようになった。テレビの画面はメガネを掛けないと見えない。コマーシャルになったので新聞を見ようと眼鏡を外す。また眼鏡を掛けてテレビを見る。眼鏡を掛けたり外したり忙しいことこのうえない。先日久しぶりにツルハシを持って庭の土を掘り返していたら、別に腰をひねった訳ではないのにギックリ腰になりそこなったので慌てて作業を中止した。元来腰は丈夫なほうではなく、過去に何度もギックリ腰をやっているので普段注意はしている。1週間ほど前に3時間ほど歩き回った時の疲れがまだ溜まっていたのかもしれない。私の場合は疲れが腰に溜まりやすいのだ、とてもお百姓仕事はできない。

髪の毛に白髪が増えたのはもう随分前からだが、風呂上がりなどに鏡で自分の顔をまじまじと眺めると大きなシミが目につくようになった。年を取ると顔にシミができるというが、なるほどと実感する。女性が化粧で隠したくなるのもよくわかる。皺は今のところ目立たないが、首筋に小さなイボがいつの間にかできていたりなくなっていたりする。皮膚も日々変化していることがわかる。この年になると健康管理は一番大切だから毎年必ず人間ドックを受ける。今のところ心配な所見は見つかっていないのは安心だが、動脈硬化検査などで、「年相応ですね、心配いりません」という、この“年相応”というのにはいささかガッカリする。

友達が「先日、赤電で小学生にシルバーシートの席を譲られてショックだった」とこぼしていた。「私は席を譲られたことはまだないよ」と、威張ってやった。もし席を譲られたら「いや結構です」と断るか、素直に座るか、余り無理して、まだ若い振りをするのも素直じゃないし、どうしたものだろう。大人に言われたら断るけど、可愛い子供に譲られたら素直に座ったほうがお互いの心に傷がつかない。しかし、シルバーシートなんていつから出来たんだっけ。そんなのがなくても、本当は障害者やお年寄りにはどこの席でも譲るべきなのに、わざわざ「シルバーシート」と指定しないといけない世の中になった現実が寂しい。

最近は食事の量が随分減ってきた。ご飯は軽く一杯、それ以上は食べない。おかずもテーブルの上にいっぱい並んでいなくても、2品もあれば十分である。このあいだ外食で、バイキング形式の食べ放題のランチを食べに行ったが、こういうところは若い人たちが行くところだなあと、つくづく思った。たまたま千円の割引券をいただいたので行ったのだが、自分でお金を払ったらとても元は取れない。美味しいものが少量あれば満足である。お酒ももともと飲むほうではないので、ビール、日本酒、ワイン、ウイスキー、焼酎など、その日の気分でいろいろな種類をほんの少し飲んで満足している。

登るときはいいけれど、階段を降りるときはずいぶん慎重になった。若い時のようにスタスタと勢いよく降りれない。万一足を踏み外したらと考えると怖くなった。一歩一歩踏みしめるように降りる。なんでもない所を歩いていてつま先をつっかけてしまうことがよくある。自分ではしっかりつま先が上がっているつもりでも上がっていないのだ。重いものを持ち上げる時に、随分力がなくなったと感じることが多くなった。50代の頃は何でもなかった大きな植木鉢の移動を二人で運んでいる。こういう時は、「よし、今から重いものを持つぞ!」と、腰に言い聞かせてから持たないとギックリ腰になる。

高年齢になるとトイレが近くなるのはみんな共通の悩みのようである。夜寝ると朝までに何回トイレに起きるだろうか。私は今のところ明け方5時ごろに1回行くようになった。70代の友達に聞いたら、2回から、多い時は3回行くことがあるという。3時間置きに行っていることになる。昼間でも1時間ほどすると、また行きたくなることがある。若い時のように我慢がきかない。バス旅行などは大変である。車内では水分は余りとらない。それでも休憩所に立ち寄ったら必ずトイレに行くことにしている。

それ以外でも物覚えが悪くなったとか、頭の回転が鈍くなったとか、ハシハシ行動ができなくなったとか、根気や集中力が以前のように続かなくなったなどを感じるようなった。以上のような、その年齢にならないと経験できない症状を初めて体験して「なるほど、これが年を取るということだな」と、実感している。こういう症状を後ろ向きでなく、前向きにとらえて「老人力がついてきた」と言うのだそうだ。どうせ私だけではない、聞けばみんな同じ症状を訴えているのだから、なにも悲観する必要はないのだ。老人力がつく年齢まで来ることができた幸せを喜ぶべきである。(2008・1・26)

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