アンドレのフォト・エッセイ「青春日和」No.25

“初心忘るべからず”

年の始めに考える、私の好きな言葉「初心忘るべからず」。室町時代の能役者・謡曲作者の世阿弥元清が父観阿弥の教訓を自らの体験によってまとめた能の奥義書「風姿花伝」の中にある余りにも有名な言葉である。物事には必ず「初め」がある。初日の出、初詣で、初夢、初雪、初出勤、初登校、・・・・思いつくままに書いてもキリがない。とりわけ1月は初づくしである。昨日の日の出と何も変わりがないのに、なぜか元旦の日の出は新鮮な感じがして感動する。結局それは人間の「心の持ち方」ということだろう。やがて日数(ひかず)が過ぎて回を重ねていくと新鮮さが薄れて感動しなくなる。つまりマンネリになってしまう。言い換えれば「慣れ」てしまうのだ。人生の中で一番の心の敵は、この「慣れ」ではないかと私は思ったりする。

私には現在1歳の孫がいる。彼にとっては見るもの、聞くもの、食べるものなど、おそらく毎日が生まれて初めての経験の連続だろう。見ていてその感動ぶりが可愛らしく実に興味深い。しかし、世阿弥の言う「初心忘るべからず」は、孫のような人生初めての経験の初心ではない。修行を始めたころの初心、成長過程での初心、老年期での初心のことを言っている。未熟な自分を意識して、客観的に自分を見つめていく必要があると説いています。けれど、人生は初めての経験の連続である。世阿弥の言葉から学んで人生それぞれの初体験の感動を大切にしたいものである。人間は成長過程において右肩上がりに一直線に連続して成長するものではありません。ある時は面白いように成長し、ある時はいくら努力しても平行線のまま、また、ある時は逆に坂を下っているように感じる時もあります。

車の運転も免許取りたての時よりも、1年ほど過ぎて慣れてきた時が一番危険で事故を起こしやすいといいます。上手になり始めて自信がついてきた頃です。母親のお腹から生まれた時(これを記憶していたらすごい)や小学校に入学した頃は全く記憶にないが、防空壕に入った3歳の時の記憶は何故か薄っすらとある。会社に入社した頃、成人式を迎えた頃、結婚した頃、初めて自分の子供が誕生した頃、還暦を迎えた頃、サンデイ毎日を迎えた時など、様々な「人生の初めて」がありました。そう言えば45年前の成人式の日に、新成人数百人を背に市長の前で新成人の男性代表で誓いの言葉を大きな声で朗読したことを思い出しました。当時は市内の新成人が市民会館に一同に集まって成人式が行なわれました。今年の成人式をテレビで見て懐かしく思い出しました。

「初心忘るべからず」と言えば、ここ10年ほどポピュラーばかり弾いていて基本練習をサボっていたので少し演奏が荒くなっているのが気になり出して、正月からほんとに久しぶりにソルやジュリアーニの練習曲を最初から練習しはじめました。いや50年続いているギターの練習のことです。半世紀も練習を続けていても一向に上達しないけど、最近は「音楽は技術じゃないよ心だよ」と、もっぱら自分に都合のよい解釈をして楽しんでいる。50年も続いているということは、やはり”ギターが好き、音楽が好き”ということだろう。それにしても久しぶりに基本練習に戻って弾いてみてクラシックの難しさ、ギターの難しさを改めて感じました。初心に帰って練習に励みます。今年の目標は「初心に戻る」「基本に戻る」にしよう。 ・・・・・大きなテーマで書き始めたがいつの間にか小さな自分の趣味の話になってしまいました。(2008・1・15)

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