アンドレのフォト・エッセイ「青春日和」No.21

“健康は健口から・・・8020を目指して”

歯

年齢を表す「齢」という字は、「年歯(としは)」とも書き、「よわい」とも読みます。「年歯」は年齢のほど、という意味で、年齢の幼い場合に言うことが多く、「年歯もいかぬ娘」と言ったりします。「齢」には長寿の願望も込められていて、歯がなくなるころに寿命がつきるというあきらめにも似た思いがあったようです。論語に「没歯(ぼっし)」という言葉があります。これは生命が終わる、寿命がつきるという意味です。昔から人生の最大関心事は「健康と長寿」に尽きるといっても過言ではありません。

「歯」と「長寿」を結びつけて、歯は長寿の条件であるとの考えがありました。滝沢馬琴の「玄同放言」の「草木身体同訓考」の中に、「老年になっても歯がしっかりしている人は長生きできる。それで歯は「与波比」という。わが国のならわしで、初春に大きな餅(鏡餅)を固めて、松柏の類と共に飾って延年を祝い、しかる後これを食べる。名づけて歯固(はがため)という」と記しています。平安時代の「土佐日記」や「源氏物語」にも歯固めのことが書かれている。はじめ宮中で行われ、やがて民間に伝わり、正月の雑煮餅を祝う風習へと変化していきました。また、古来歯にまつわる逸話や歯という字を用いた言葉や言い回しが数多く残っています。「歯ごたえがある」「歯が立たない」「歯がゆい」「歯に衣をきせず」「歯の浮くような」「歯を食いしばる」・・・など沢山あります。このように歯は人間の生活に深くかかわって来たことがわかります。

日本人の平均寿命は今や80年時代を迎えています。しかし歯の寿命は意外と短く平均50年です。人間の寿命に歯の寿命が追いつきません。急速な高齢化社会の到来とともに、ただ単に長生きするだけでは意味がありません。さらなる生活の「質の向上」(Quality of life)が課題になります。豊かで健康な日常生活を送るためには、咀嚼器官である歯の健康がきわめて重要であることがわかります。噛む運動は第2の心臓と言われるように、しっかり噛むことは脳の血行を良くし、記憶力もアップ、ボケを防ぎます。自分の歯でしっかり噛んで食べられなくなったら人生終わりだなと思います。「健康はまず健口」からです。「8020運動」という言葉があります。80歳で20本の自分の歯を残すことを目標とする、ということです。20本以上の歯が残っていれば何でも食べられ健康でいられるという基準です。健康な歯がある人は会話や行動が活動的、積極的で、歯のない人は会話も行動も消極的という研究結果があります。歯は肉体面だけでなく、精神面でも大きな影響を及ぼすことがわかります。「歯は健康のバロメーター」と言われる所以です。

歯の役目はものを噛むためだけではありません。強い力を発揮するときには口を閉じてしっかり奥歯を噛みしめます。「歯を食いしばる」のです。スポーツ選手にとっては歯は命です。特に瞬間的に筋肉の力を最大限に発揮することが要求されるスポーツは歯の依存度が顕著です。現役時代の野球の王選手がホームランを打った時の咬交圧は90kgでした。一般成人は50〜70kgです。スポーツ選手の第一条件は「まず歯がいいこと」だそうです。また、言葉をしゃべるのが職業のアナウンサーも歯が命です。歯が抜けていたり義歯では正しい発音ができません。

歯は健康な成人では上あごに14本、下あごに14本、合計28本あります。ちなみに平成13年度の浜松市民の年齢別の歯の本数は、50〜54歳で26.9本、60〜64歳で23.9本、70〜74歳で17.8本、80〜84歳で8.9本です。私(65歳)は先月の歯科検診で27本でした。同年代の中では歯の状態は良いほうだと思います。しかし残念ながら1本は義歯です。むし歯で治療済みの歯が10本、完全に健康な歯は17本ということです。それでも現在残っている自分の歯27本はこのまま現状を維持しようと、5年前から3か月に一度必ず歯科医院へ歯の検診に行っています。歯茎の状態、むし歯の有無、歯周病の有無をチェックし、歯垢を取ってもらいます。毎回歯の磨き方の指導を受けます。いつも指導されたとおり磨いているつもりでも、磨き方を注意され、歯垢がたまってしまいます。「せっかく良い歯がたくさん残っているので、しっかり磨いて今の状態を維持しましょうね」と若い美人の歯科衛生士に言われます。「はい、頑張ります」と私も返事だけはいいのですが、なかなか指導通りには上手に磨けません。

歯の2大疾患はむし歯と歯周病(歯槽膿漏)です。人間はいつからむし歯に悩まされるようになったのでしょう。動物の死骸の中で歯は比較的よく保存されているので、歯を観察すると様々な情報が得られます。原始的な狩猟、採集生活だった猿人、原人にはほとんどむし歯が発見されません。農耕の始まりとともに頻繁に見られるようになります。むし歯の出現の秘密には土器の普及にありました。縄文遺跡からはクリ、クルミ、トチ、ドングリなど糖分を豊富に含んだ堅果類が出土しますが、このような木の実はアクが強くて生では食べられません。そこで煮炊き用の土器が作られました。植物性の食べ物は熱を加えるとデンプン質が高くなります。土器を発明して火を使うことにより食生活が豊かになり、むし歯も発生するようになりました。砂糖を人工的に作ることを覚えてからは更にむし歯の比率が高まりました。人間が食べ物に手を加え加工することが文明の始まりとすると、文明の発達とともにむし歯率が上昇の一途をたどり、むし歯が文明病といわれる所以です。むし歯保有率が4%だったイヌイットも欧米文化に接してから40〜50%になり、日本のアイヌも同じです。野生のサルはわずか2%ですが、動物園のサルは10%以上もむし歯が発生しています。

考えてみると、私も中学2年生くらいまでは虫歯がありませんでした。3年生になったころ、急にむし歯ができてしまいました。昭和31〜32年、戦後の食糧難から脱して食生活が豊かになりつつあったころです。それまではおやつと言えば山で拾ってきたシイの実や梅干し、干し芋なら上等でしたが、中学生になったころから甘いお菓子を食べるようになったからです。生来歯は丈夫なほうだったので、余り意識して歯を大事にしてこなかったのが今になると反省点ですが、後の祭りです。でも今からでも遅くありません。3か月に一度の歯の検診を継続して必ず「8020」を達成しようと思います。ちなみに11月8日は単なる語呂合わせですけど「いい歯の日」だそうです。(2007・11・10)

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